県教育委員会は、「『県立高校教育改革第一次実施計画』における後期計画の推進について」(以下「後期計画の推進」)において高校統廃合や総合学科導入計画は大幅に縮小さざるを得なかったものの、特色選抜をテコに大規模な類型の導入をはかり高校教育の特色化を推進しようとしています。しかし、「特色選抜=類型+自己推薦入試」の拡大は、教育への「市場原理」の導入の中でも「悪質商法」と呼ぶべき最悪の政策といえます。
「特色選抜=類型+自己推薦入試」とは何か
「類型+自己推薦入試」とは、県教委が特色選抜と呼んでる制度です。各高校が「特色ある類型」を設ければ、入学生徒の10%を上限として自己推薦(中学校の推薦必要なし)入試を認めるというものです。この制度は、そもそも「第1次実施計画」ですべての普通科高校への導入がめざされていました。しかし、職場の反対で導入が進まないため、本年度、複数志願制導入とセットで神戸第3学区の一部県立高校への導入が強行されました。県教委は、「後期計画推進」において特色選抜を「高校の特色化」の「切り札」として改めて位置づけ直し、すべての普通科高校に実施を求める姿勢を明らかにしています。
高校教育課の「成功している」との主張は単なるトリック
高校教育課は、総合学科、単位制、コース、そして、今回の特色選抜などが「成功している」と主張する根拠として「希望者が多い」ことをあげてきました。「希望者が多い」ということが高校教育課が宣伝している「特色化必要」論の唯一の具体的な根拠ではないでしょうか。しかし、「希望者が多い」というのは単なるトリックにすぎません。総合学科や単位制など「高校の特色化」と呼ばれる諸施策に希望者が多いのは、主に次の2つの理由につきるといえます。
- 一般入試の前に実施される推薦入試と必ずセットになっている。
- 県教委及び当該校が中学生に対し大量のパンフ配布などの宣伝活動を行っている。
彼らが推進している「高校の特色化」政策が上記2つの取り組みとセットで行えず、他の高校と全く同一の条件で高校入試を行えば、ほとんどが惨めな失敗に終わることは容易に察しがつくところです。高校教育課が成功の根拠としてあげている「希望者が多い」というのは推薦入試を使った単なるトリックにすぎません。
特色選抜はなぜ「キャッチ・セールス」なのか
職業高校やコースにおける推薦入試は、様々な問題点はあるものの一般入試と切り離し実施する一定の意義を持っています。例えば、農業高校が農業自営希望者に対し推薦入試を実施することは県民からも理解されるでしょう。しかし、総合学科や単位制高校が推薦入試を実施しなければならない理由はありません。県教委は総合学科について「自分探しをしている生徒」に適した学校と説明してきました。「自分探しをしてる生徒」をわざわざ推薦入試で募集しなければならない理由がどこにあるのでしょうか。
推薦入試には、受験生や父母にとっては「一般入試と合わせて2回受験できる」、高校にとっては「事前に『よい生徒を確保できる』」という「メリット」をあります。県教委は、受験生集めに、別の言い方をすれば、これらの取り組みが「成功した」という実績を作るために意図的に推薦入試を「活用」しているというのが常識的な判断でしょう。
しかし、特色選抜は総合学科や単位制とは質的に異なる大きな問題点を持っています。高校は、施設設備、系統的な学習、卒業後の進路保障への見通しが立っていなくとも、科目選択で例えば「福祉関連科目」の履修が可能な時間割を用意さえすれば福祉類型での特色選抜の実施が可能となります。これほど露骨に受験生及び父母には2回の受験機会(自己推薦である点に注意)、高校には、「青田買い」のメリットを「エサ」に「高校の特色化」をおし進める政策は他にありません。これでは粗悪商品を口先巧みに押しつける「キャッチ・セールス」と変わらないではないですか。特色選抜をすべての普通科高校に広げるなどということは、高校教育を底なしの退廃へと導く愚行といわざるを得ません。
「青田買い」のすすめ、それは、公教育の責務を放棄すること
高校教育課の最近の一連の施策は、生き残り競争を煽り、各高校に「青田買い」を「エサ」に「特色化」を迫るという破廉恥な政策のオンパレードといえます。「良い生徒の獲得競争」を組織することで兵庫の高校教育がよくなるはずがありません。ある高校が「青田買い」に「成功」し困難校から抜け出せたとしても別の高校が困難を背負い込むことになるだけです。こんなことは誰にでもわかることです。県教委の仕事は、困難を抱えた高校に対して「這い上がり競争」を組織するのではなく、しっかりと条件整備を整え、懸命に努力している教職員を励ます施策を実施することです。目の前の生徒たちへの教育ではなく、「少しでもよい生徒の獲得競争」に教職員を動員するような政策は直ちに中止すべきです。公教育の最大の責務は、どんな困難を抱えた生徒たちであっても差別・選別することなく民主的な人格を持った主権者に育てることです。私たちには、公教育の責任を放棄するに等しい高校教育課の「特色化政策」に惑わされることなく、すべての生徒たちに、分け隔てなく最良の教育を保障するため奮闘することが求められいるといえます。
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