2003年5月27日
兵庫県高等学校教職員組合教文部
「兵庫の教育改革プログラム(仮称)案」 の全面見直しを要求する
県教育委員会は、本年4月末「兵庫の教育改革プログラム(仮称)案」を明らかにし、5月27日にまでに県民からの意見を求めたうえで同案を正式決定するとしています。同案は、2003年〜2007年までの5年間の「本県の教育行政の基本的な方針を示すとともに、各教育現場においても今後取組が期待される教育課題を示している」としており今後の兵庫の教育に大きな影響を与える重要な文書といえます。
しかし、同案は、以下に見るとおり教育基本法の理念を否定し、教育を井戸県政の施策遂行の道具におとしめることを宣言するに等しい文書といえます。また、その内容が具体化されるならば兵庫の教育が抱える諸問題の解決をいっそう困難にすることは間違いありません。私たちは、同案の全面的な見直しを強く要求するものです。
以下、具体的な問題の検討に入る前に、指摘しておかなければならないもう一つの重大な問題があります。それは、同案作成にあたり組織された「兵庫の教育改革プログラム(仮称)検討委員会」及び「検討小委員会」の委員の構成にかかわる問題です。委員として、学識経験者、校長会代表とともに連合傘下の教職員組合代表が組織及び個人の資格で参加しています。ところが県教育委員会は、高教組及び兵庫教組には、同案作成の計画すら知らせず、委員会からも一方的に排除したのです。委員の選考にあたり差別と選別を公然と持ち込むような教育行政にそもそも教育を語る資格があるのでしょうか。著しく公正さを欠く県教育委員会の体質が厳しく問われていることを指摘しておきたいと思います。
1.「兵庫の教育改革プログラム(仮称)案」の5つの問題点
「兵庫の教育改革プログラム(仮称)案」(以下、プログラム案)の第一の問題点は、貝原、井戸両県政が策定した「行財政構造改革推進方策」及び「21世紀兵庫長期ビジョン」の具体化の一環としてプログラム案を作成したとしている点です。それは県教育委員会が、教育行政の自主性と独立性を自ら放棄したことを意味します。第二は、兵庫の教育が抱える諸問題についての具体的な分析を全くといっていいほど行っていないことです。第三は、示された具体的な施策は、過去の諸提言と文科省の施策の「つまみ食い」にすぎない内容であるということです。第四に、独自の分析も方針作成の努力も行わなかった結果、県の過去の諸提言と文科省の施策が持つ「最悪の部分」(目玉の政策)を政策として取り入れてしまたことです。そして、第五に、ブログラム案作成にあたって高教組を排除しただけでなく、教職員や父母の意見を聞く努力を全く行わなかったことです。県教育委員会は、「インターネットに公表し、広く意見を聞く機会をつくっている、各界の代表を検討委員に加えている」と弁解するでしょう。しかし、真面目に意見を聞く気があるのであれば、すべての教職員にプログラム案を配布し意見を聞く機会を設けるのが当然です。また、少なくとも各学校のPTA諸役員には案を示し意見を聞くべきではないでしょうか。さらに、生徒たちの意見を聞く機会を設けてもよいのではないでしょうか。
以下、これらの問題点について具体的にみていきたいと思います。
2.井戸県政の施策推進に教育を利用し、教育基本法の基本理念を投げ捨てる
教育は、政府が変わろうと首長が変わろうとも、そのことに影響されることなく憲法と教育基本法の理念に基づき民主的な人格の完成をめざしてすべての国民を対象に行われる営みであるべきです。教育基本法が第10条において「 1.教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接行わなければならない。2.教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない。」と明記しているのはそのためです。
ところがプログラム案の第U部「兵庫がめざす教育・総論」の第1章の「1基調」において「本プログラムは、21世紀初頭における県政の総合的な推進計画である『21世紀兵庫長期ビジョン』が描く『創造的市民社会』の実現をめざして…これから本県の教育が進むべき目標、目標を達成するための課題、その課題に対応した取組について、体系的に述べたものである。」と説明しているのです。そして、「21世紀兵庫長期ビジョン」が兵庫の将来像を「美しい兵庫21」としているのだからプログラム案がめざす教育は「“美しき兵庫”をめざす心豊かな人づくり」とまでいっているのです。
兵庫の教育がめざす教育目標については、「創造的市民社会を担う子どもたちの『生きる力』を育みます」とされいます。「創造的な市民社会」とは、貝原前知事が新自由主義的な発想に基づき展開した地域社会論であり日本国憲法がめざす地域社会とは異質であり普遍性を持つものではありません。このような特異な地域社会論に基づき、地域社会を支える人間の育成をめざすことなど許されるものではありません。そもそも、首長が変われば変更される可能性がある計画に基づき教育活動を行うことは教育基本法第10条に違反する行為です。
井戸県政の施策推進に教育を利用するような愚行は改め、憲法と教育基本法に基づき、その理念を兵庫の教育にいかすプログラム案を作成するために全面的な見直しを行うべきです。
3.生徒・子どもたちや教育の現状についての具体的な分析は全くなし、「心と体験」を異常なまでに強調
県教育委員会は、プログラム案作成にあって兵庫の教育が置かれている現状についての具体的分析はほとんど行わず、文科省などが使用する紋切り型の文言を並べて分析・検討に変えてしまっています。そこには、兵庫の子どもたちや父母の具体的な姿は登場しません。何名の高校生が中退しているのか、就職を希望しながら就職先が決まらなかった高校生が何名いるのか、授業料減免を受けている生徒数は、家庭の事情で修学旅行の参加を断念した生徒数は等々の基礎的で具体的な資料に基づき分析が進められた形跡はありません。ましてや、生徒会活動、文化祭、そして部活動などで活躍する生徒たちの姿など全く眼中にありません。プログラム案に登場するのは、だめな生徒、だめな家庭、だめな地域社会いう「不信に基づく生徒、家庭、地域観」であって、生徒たちや家庭、地域に対する信頼、未来への希望は示されていません。
プログラム案に示されたもう一つの生徒、家庭、地域観は、須磨区での少年事件、生徒がかかわった殺人事件などを心理学的な視点から分析した諸提言に依っています。県教育委員会は、「心の教育緊急会議」などの諸提言を金科玉条のごとく受け止め事実をありのままに受け止めそこから分析をはじめるのではなく、事実を諸提言にあわせて解釈するという誤りを犯しています。この結果、問題は心構え、心の持ちように解消され、心に直接働きかける体験の必要性が異常なまでに強調される結果となっています。教育行政が子どもたちの心=内面を直接支配するようなことは絶対にあってはならないし、知識と切り離された体験によって子どもたちの内面の支配=マインド・コントロールを行うようなことはあってはならなっことです。
私たちは、生徒、父母、地域社会の実態を踏まえず必要以上に心や体験を強調することで人々の心情や情動に訴える政策から、教育基本法に示された真理、正義、平和、民主主義、個人の尊厳などの普遍的な価値観を大切にする政策へと転換させるため、プログラム案を全面的に見直すことを求めるものです。
4.今までの諸政策の羅列と文科省の施策の「つまみ食い」
具体的な事実から出発せず、過去に出された諸提言にあわせて子どもたち、学校、家庭、そして、地域を解釈しているプログラム案の分析からは兵庫の教育が抱える問題を解決するための具体的な方針が生まれるはずがありません。
第V部「兵庫がめざす教育・各論」では、各分野の政策が書かれています。ところが各政策の前文と「平成14年度の主な取組」は過去に出された文書の切りはりにすぎません。この部分が全体の約2/3を占めています。そして、「今後の重点的な取組」でさえも、1.すでに出されている方針、2.今後どのようにでも利用できる抽象的な方針、そして、3.文科省方針の「つまみ食い」という内容になっています。
すでに実施されている施策の具体的な分析に基づき、教訓と課題を明らかにすることは新たな方針作成にあたっての大前提です。高校段階で新たな方針を作成するのであれば、総合的な学習の時間、総合学科、単位制、複数志願制、そして、定時制も含めた高校の廃校などが教育にどのような影響を与えているのか具体的な分析は欠かせません。ところがプログラム案にはこのような分析はありません。
また、文科省の施策が何の検討もなされることなくいわば「つまみ食い」的に「今後の重点的な取組」にちりばめられています。しかも、教員研修のあり方、学校評価、教員の職種変更、リーダー養成など不必要または慎重に検討すべき課題が多々あります。
過去の政策の切りはり、文科省の施策の「つまみ食い」が起こる原因は、兵庫の教育の具体的な分析に基づき、諸問題の解決に取り組む姿勢がないことから生まれていることは明らかです。私たちは、県教委が実施してきた過去の諸政策及び具体的な諸問題の分析を踏まえた方針を提起するためプラグラム案の全面的な見直しを求めるものです。
5.大切にすべき県民的合意
県農、高塚高校事件後に出された「心の通い合う学校運営」及び「人間的なふれあいに基づく生徒指導の推進」の2つの通知は、取り返しのつかない重大な事件への深い反省を踏まえ出されたものであり、不十分な点はあるとはいえ兵庫の教育の再生の方向を示したある意味では「県民的な合意」の文書といえます。
私たちは、不適格教員問題、管理運営規則、研修問題などで文科省が全国的な指導を強めた際、県教育委員会が上記2通知を踏まえ、一定独自の立場を取ってきたと考えています。もちろん、県教育委員会の対応は私たちにとってはきわめて不十分なものであったとはいえ、先の2通知を踏まえ兵庫の教育に取り組もうとしたことは評価できることでした。
私たちは、「県民的合意」ともいえる2通知を踏まえプログラム案を見直すべきであると考えます。また、2通知では対応できない新たな課題については、2通知の主旨を踏まえ教職員、父母、生徒の意見、そして、地方自治体や県議会の意見も丁寧に聞き新たな「県民的な合意」を作り上げながら取り組みを進めるべきであると考えます。そのためにも、あたかも文科省の「教育振興基本計画」を先取り実施するかのような今回のプログラム案はいったん白紙に戻し、全面的な見直しをあらためて求めるものです
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