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11月13日:『ファンタジア』アメリカで公開される(1940年)

2002年11月12日


1940年 『ファンタジア』は、ディズニーが、アニメとクラシック音楽との融合をはかって作り上げた傑作で、「春の祭典」「魔法使いの弟子」「田園」「禿げ山の一夜」などが使われている。この映画をかなり早い時期に見ている日本人がいる。徳川夢声である。俳優、声優、漫談家としてテレビ、ラジオで活躍した夢声は、戦争中の日記を残している。中公文庫『夢声戦争日記』第三巻に以下のような文章がある。

昭和18年(1943)1月「軍宣伝部で管理してる米国天然色映画を、昭南〔日本がシンガポールを占領して改称〕で三本見ている。タイロン・パワー主演『血と砂』と、クラーク・ゲーブル主演『風と共に去りぬ』と、ディズニー作『ファンタジア』の三本である。」

まず『風と共に去りぬ』について。「はて、日本はアメリカに勝てるかな?という囁きが、しきりに耳に聞こえる気がしたのである。こんな素晴らしい映画を作る国と近代兵器で戦争をしても、到底勝てっこないのではないか?」と記したのちに、4つの「おそるべきこと」を記す。A:大作を作る資本力 B:大作を作る機械力 C:モギ戦争でもこれだけの大軍を動かせる事 D:物語を貫く正義観念と、その正義を実行する勇気。

『ファンタジア』について。アメリカは、「精神面や芸術面においても、どうもバカにできない気がしてくる。ストコフスキイが指揮する名曲なるものは、世界第一流の芸術であろう。その大芸術に、ディズニーは世にも素晴らしい絵をつけて、音楽と共にそれを動かして見せる。・・・こんな映画をつくる国に勝つなんて事は非常に難しいわい。」

映画という切り口から国力をはかる夢声の目は確かである。戦後、日本は文化と教育を重視する国に生まれ変わったはずであるが、日本の文化政策の貧困さは変わらない。そしてアメリカの「正義観念と、その正義を実行する勇気」もすっかりはげ落ち、残るのはむき出しの力だけとなった。


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