26日に伊丹文化会館で行われた市民講座に出席してきました。講演会としては“アタリ”でした。話をされたのは中国新聞社編集局次長の田城明氏。同氏は原爆のこと、被爆者のことなどで世界中を取材して回り、中国新聞に数々の特集記事を書き、それで様々な賞を受賞している「すごい方」でした。講演の中でも、後で個人的に話をしても「すごい」という感じはせずに、とても気さくな方でした。講演では、湾岸戦争で使われた「劣化ウラン弾」による被爆の現状を自らが現地で撮影された写真スライドを使って、予定を大幅に越える2時間30分の講演をされました。その間ひとりとして席を立つ者もなく、みんな最後まで話とスライドに引きつけられました。田城氏の講演から、
劣化ウラン(弾)とは
ウラン鉱石から原爆などの材料となるウラン235を取り出した残りのウラン238のことです。「劣化」といっても低レベルの放射能を含む放射性廃棄物である。比重が重い(鉄の2.5倍、鉛の1.7倍)ので砲弾の弾芯に使うと硬い鋼板も貫通する。硬いものを貫通するだけでなく、劣化ウランが一瞬で1200度くらいの熱を発生して燃え上がり、非常に細かい微粒子になる。戦車に使えば鋼板を貫通して内部で爆発・燃える。人間に当たれば傷口から出血したり、身体の一部が吹き飛ばされたりということより、1200度の高熱で炭化してしまう。見せてもらったスライドの中に、周辺が火事になった様子もないのに炭化した死体がごろごろ転がっているスライドが何枚もありました。炭化した死体の部分だけが広島・長崎や東京大空襲の写真と似ていました。劣化ウラン弾は、戦闘機から30ミリ砲弾が94万発、戦車等から120ミリ砲弾が1万発使われた。燃えた劣化ウランはチリのようになり、その場にいた者だけでなく、破壊された戦車やその周辺の土地に立ち入ったものに放射線被曝させ、その被曝は移動する兵士達の服に付着したり、風に飛ばされたりして広がった。
米軍も被爆
アメリカ軍では、戦車を動かしていた兵士、戦車隊の後に従う歩兵、怪我をした軍人を看病していた看護婦、戦闘中は他国にいたのに戦闘が収まってから戦場を見学した若い軍人など、さまざまな場所の異なる活動内容の兵士が被曝しています。湾岸戦争の戦闘で死亡したアメリカ兵は184人。湾岸戦争後に除隊した34万人の兵士(ほとんどが20代・30代の若い人々)のうち、すでに1万人を越す退役軍人が死亡している。
イギリス軍にも被爆者がいます。アメリカ軍と同じような被曝の状態で同じような症状を示している。中には戦争終結後に、破壊された戦車や車両などの後片付けの任務についていて被曝した兵隊などもいる。
戦争の終わらないイラク
もちろん一番ひどく被曝しているのはイラクの人々である。95万発分の劣化ウランが散らばり、風が吹けば風下に放射性のチリが吹き付けられてくるという状況なのですから。講師自らが撮影した先天性異常を持って産まれた子ども達の写真を紹介されていました。その中に、前後して生まれたふたりの子どもが二人とも無脳症で手足ともに指が6本づつ付いている状態で死産したという赤ちゃんと両親のスライドもありました。放射能のためと思われる先天性の異常やガンなどが次々と発生しているイラクでは、戦後の経済制裁のために医薬品や医療機具・装置が決定的に不足しているそうです。
もう一つの被爆者
実は「劣化ウラン弾」で被曝している人が別のところにもいます。それは劣化ウラン弾を製造している工場で働いている人々とその周辺に住む人々です。アメリカのある工場周辺では風下のある通りに面した7家族のうちで4家族にガン患者が発生しており、放射能の影響が疑われている。ニューヨーク州では、ある工場が年間に30ミリ劣化ウラン弾2〜3個分の放射能を大気中に放出したという理由で州命令により閉鎖されたそうです。自国民にはこんなに気を遣っているのに、他国民と自国の軍人の放射能被曝にはまったく関心を示さない、責任を取ろうとしないのが米国であり、ブッシュ政権である。
広島・長崎で戦争がまだ終わっていないのと同じ意味でイラクでもまで戦争は終わっていない。ひょっとするとアメリカでも。それでもブッシュはイラクで新しい戦争を始めようとしている。
頼もしい小学生
( 講演の内容と関係ない個人的感想 )
会場で目を引いたのは、4人の小学生でした。一番前に陣取り、2時間以上の講演で一生懸命メモを取っていました。講演が終わって一番最初に質問の手を上げたのもその内のひとりでした。「いまも劣化ウラン弾を作ったり使ったりしているのですか。」答えは、「今でも作っていて世界17カ国に輸出されている。アフガニスタンでも劣化ウランが検出されて使用が疑われているがアメリカは認めようとしない。洞窟の中や地下の施設に到達するような砲弾・爆弾は劣化ウランを使っているのではないだろうか、」という答えでした。この質問をした小学生はすごい。講師の話を聞きながら、みんなが一番気になっていたことを質問してくれたのですから。広島修学旅行に行ってから平和の問題に関心を持つようになったとのこと。偉いなあ!!
兵高教組東阪神支部News Letter No.16 2003/1/28付より
|