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超勤問題についての基本事項(神戸県立支部)

2003年06月16日


超勤問題についての基本事項
 6月10日の支部執行委員会では、超勤問題について議論が集中しました。
押さえておかなければならない幾つかの基本的事項について、まとめておきます。
@ 2001.4.6の、「労働時間の適正な把握のための厚生労働省通達」について
 例えば、
 ・タイムカードを正規の勤務時間で押させてその後残業させたり教員の実態
 ・残業するのは能力がないからだと無償で残業させたりこれも教員の実態
 ・そんな残業を命じた覚えはないと残業を無視したりこれも教員の実態
そういう使用者の無責任な態度に、罰則を含めて大きなメスを入れた通達です。一般の企業では、この通達によって、残業時間に見合うだけの割増賃金を支払わなければならなくなりました(裁判で過去にわたって賃金を支払わせたケースもあります)
 教員の勤務では、今までほとんど何にも正式な対応策が無かったのですが、この通達によって、日常化している超勤実態の解消に向けて実際に動き出したのです。
A 教員には、限定4項目以外の超勤は命じられないことになっています。ですが、@の通達後、教員に対する「命令のない超勤」や「部活動による超勤」は、国会で文科省により確認されています(支部ニュース08号参照)。また同時に文科省は、教員の「使用者」である教育委員会(現場では「校長」)に対して指導する、と明言しています。この国会承認の背景には、他の職種にも共通する、教員の過労死に至る多忙化問題があります。つまり、無責任に放置された超勤実態、持ち帰りの「風呂敷残業」の常態化などの、私たち教員の劣悪な労働環境を改善しなければならないという問題があるのです。
B Aについて、教員の勤務では、「超勤に対する割増賃金」ではなく、「勤務の割り振り」となります。兵庫県では、兵高教組と県との2003.4.28「超勤についての合意 (支部ニュース03号参照)」があります。つまり、『教員の超勤を解消するための過渡的処置として、勤務の割り振りを行う』というものです。これが、スタートです。
C どのような勤務が「超勤」の対象となるのか、ということについて、現場の校長交渉の段階で様々な混乱があります。県と合意したのは、「やむを得ない業務」ということです。例えば、次のようなことを「しなくていい」と言う校長が居るとしたら、私たちはまともに働くことが出来ません。
 ・明日の授業のプリント作りや教材研究をしなければならない。(1時間の授業には最低1時間の準備が必要だ、ということは文科省も認めています。つまり、16時間を担当している教員は、週40時間のうち32時間が必要だということです。残り8時間でその他のすべての業務をこなさなければならない、ということです。私たちはスーパーマンではありません。)
 ・顧問をしている部活動の生徒達が帰るまでは残っていなければならない。(生徒の部活動中の事故については、顧問が居たかどうかが争点になる。顧問は、たとえ自分が指導できなくても、生徒が無事に帰ったという確認をしなければならない。)
 ・県や民間からの調査依頼で細かな作業を何日もかけて仕上げなければならない。
 ・個々の生徒の生活実態や進路希望などの対応について、教師間で相談したり、充分に考えなければならない(失敗すれば何十倍もの時間がかかる)
 ・生徒の父兄が、例えば午後7時に来校することになっている。あるいは午後7時頃に電話がかかってくることになっている。担任だからそれに対応しなければならない。
 ・担任しているクラスの机の落書きを、仕方なく担任がゴシゴシ消している。
 ・職員会議、学年会議、分掌部会、校務運営委員会、各種実行委員会、etc.
 ・障害児学校で、舎監勤務。
 ・etc.
D 休憩時間の問題は難しい。一般企業では、45分の昼休みは、「一斉に、職場を離れて」取ることが出来ます。でも、教員はそうはいきません。障害児学校の「給食指導」を始めとして、昼休みの生徒召集、昼休みの校内巡回、話をしに来た生徒との対応、教材研究、確認の電話、書類の続き、etc.
 本来は、昼の45分の休憩時間は、「必ず取る」ように労働基準法に定められています。ですが、教員にとっては、昼休みは勤務の流れの中に飲み込まれています。つまり法律違反が常態化し、教員は、「勤務ではない休憩」が取れていないのです。このことをどうするか、ということも、運用面で模索しなければなりません。(消防士の仮眠は「いつでも勤務に就ける待機の時間」としての勤務時間だという判例があります。)
E 複数の学校で共通している校長の述懐があります
 ・よくわかるけれど、勤務の問題で他の学校から突出することは出来ない
 ・県が「こうだ」と言ってくれればできる。組合が頑張って県に言わせてほしい。
 現場の長として、現場で働く者を守るという積極性(主体性)を欠いています。現場の長としての責任を負うだけの自由度を失っているのです。でも、これが、管理の厳しくなった昨今の校長の実態なのかもしれません。上意下達の機関として、上からの意向は下に押しつけるけれど、下からの要求は、上の指示がない限り決められない、ということなのでしょう。それなら、一体何故校長になったりしたのか?
F 教員は、従順と言っていいほど勤務に対して生真面目です。けれど、無自覚のうちに忍び寄る過労の問題には、前もっての自己管理が必要です。「過労1」「過労2」「過労3」と、生真面目に耐えてしまう私たち教員の心身の中で、過労は蓄積されています。でも、私たち教員は、自分の過労を見過ごしがちです。一体、心身共に仕事を忘れてゆったりとする時間はあるのでしょうか? 「過労4(死)」で、何もかも、すべてがお終いになってしまうというのに。校長だけに、それを組織として未然に防ぐ責任があるのです。
G 実際には超勤をすべて割り振ることはできません。それは、複数の校長が「そんなこと(部活や教材研究)にまで割り振りを認めてたら(教師が勝手な時に勝手に決めて休むようになって)学校が回らなくなる!」と言っていたことにつながります。たぶん、その校長が思わず洩らしたその正直な発言は、私たち現場の教員を信用していないことを暴いています
 現在の超勤をこの割り振り変更の制度で一挙に0にすることなど、どう考えても出来ないことはわかっています。だとしても、この制度は現場の労使間の合意として確立しておく必要があります。例えばあなたが行使できなくても、あなたの隣の疲れ切った同僚が、この制度で幾分か救われるかもしれません。例えば今度の期末考査中に、今までの超勤を割り振ることが出来ます。例えばあなたが運悪く倒れてしまったとき、割振り簿は、あなたの遺族にとって、県が拒否できない証拠となります。「縁起でもない!」……でしょうか?
校長に、上意下達の責任ではなく、現場の長として職員を守る自覚と、意志と、自由を!

県高支部ニュース10より


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