高塚問題を考える
神戸高塚高校事件(1990)で、私たちは何を失い、何を学んだのでしょうか。私を含め、多くの教職員にとって余りにも重い問題であるため、なかなか教師側からの記事がありません。以下に示すのは、その渦中にいた一教師の感想です。反発もあると思います。でも、この県高支部ニュースには、高塚問題を連載した歴史があります。再度、考えてみませんか。
例えば、教師のほとんどが、希望する人以外でも部活顧問になっています(言い換えれば全員が希望することになっている)。それは、「上からの指示」に教師が忠実であるからということとともに、部活顧問だけでなく、学校制度のなかのいろんな事について「自分にはそんなことはできない」と思いながらも、「やれるだけはやってみます」と、ズルズルと仕事を引き受けてしまうのと同じ構造としてあります。
教師は、このようなときには他律的な存在で、「自分は○○の役割をすることになっている」という規定へと自分を合わせてしまうようです。まるで、自分で自分自身を決定するのではなく、他者によって決定された教師という衣装を被らざるを得ないかのようです。
ここで、「管理教育」ということの実際の姿が浮かび上がってきています。管理されていたのは、実は、私たち教師だったのではないか、ということです。
例えば高塚事件の背景として、遅刻問題を解決する方法として、校門を閉めるという職員会議での合意があり、遅刻者にはペナルティを課す、という全教職員の了解がありました。だから当時の教職員は、「共同謀議によって生徒を死に至らしめた」という告発を予告され、それを覚悟していました(結局、共同謀議は成立しなかったようです)。
「校門を閉める」というのは、様々な指導の一つであって、その他にも様々なものがありました。例えば、これは高塚ではないのですが、「ソックスは白に限る、ワンポイントもダメ」とか、校門で女子生徒のスカートの丈を測る等が行われていた学校もあったと聞いています。「きまりは守らせなければならない」ということがエスカレートし、先鋭化し、教師も生徒も、自分ではなかなか気付かなかったけれども、そういうことに飲み込まれて、正しいことが見分けられなくなっていました。「私たちは何のためにこのような指導を行っているのか、そしてまた、生徒は何のためにこのような指導を受けているのか」という問題を、一体誰が、当時の私たち学校内部で問題にし得たでしょうか。
例えば自らはネクタイをすることが嫌でラフな姿をしている教師が、生徒にネクタイを強要する。「嫌だ」という生徒を納得させることができず「決まっていることは守れ」と言うしかない。それが嫌でネクタイをつけ始めた教師もいます。ここには、「指導する責任」を負わされているが、「その指導に対して責任を負うことはできない」という分裂が見えています。それが、私たち自身が自由を失う「管理」の構造です。「生徒に対して自分なりに納得できる指導をしたい」と思ってはいても、「全職員一致して生徒を指導しよう」という掛け声と「マニュアルの重さ」に逡巡することになる。それが、当時、高塚事件に象徴された「管理教育」とい大きな問題のなかの、教師の内面の問題だろうと思います。勿論、地域や家庭の教育力という後ろ盾を失ってきていた当時の学校が、「生徒指導を強化せよ」という県教委通達のままに突っ走らざるを得なかった、という歴史的な状況もありました。でも、だからといって教師の無力の言い訳にはならない筈です。それが許されるなら、戦時中、「祖国を守るために戦場へ行け、行ってお国のために死んでこい」と生徒を戦地に送り込んだ教師にも、個人的な責任は無いことになる。
「管理された教師」が「生徒を管理する」という、その二重の「管理」の中では、教師の「自由と責任」は失われ、学校という巨大なシステムだけが膨れ上がっています。(ちょうど今、「戦争をする国」に傾きかけている日本という国のなかで、多くの人々の国民としての「自由と責任」が失われ、国家という巨大なシステムだけが暴走し始めているように。)
一体私たちはどのような子どもを育てようとしているのか、という、教育にとって最も根本的である筈の問題意識は、この「管理」の二重構造の中では、私たちから根こそぎ失われていたのです。仕方なく私たちは、眼に付きやすい現象面でのマニュアル化した「指導」に縋り付き、教師一人一人が責任を持つのではなく、「学校というシステムのなかで決められていること」という抽象的で(全職員が一丸となって取り決めたという前提の)画一的な基準が、責任を肩代わりすることになりました。「学校」という主体はどこにもあり得ないにもかかわらず、「学校」が決めた、と。「決められたこと」という抽象的な権威が、教師個々を凌駕し、教師は、それを上意下達で生徒に押しつける機能を果たしたのです。
本当は、「学校の特色化」などという議論より、「どんな生徒を育てようとしているのか」という議論をしなければならないのです。そこから、本当の管理が始まる筈です。未来と、責任と、自由と、説得力を持った管理が。
高塚から13年、私たちを取り巻く精神的状況は、より困難になってしまっているようです。たとえば、時折、私たち教師の中身は空っぽです。実は、空っぽにならなければ日常の業務をやっていけなくなっている、そんな気がします。今、日本は高塚事件当時には考えられもしなかったような時代になっています。日本全体が未来を失い、入学してくる生徒も非常に変質してきています。高塚事件当時よりも圧倒的に困難になっているような気もします。でも、こんな時期だからこそ、私たちは一体どんな子どもを育てたいのか、ということを、「不当な圧力に屈することなく」考えたいと思います。
県高支部ニュースNo.14より
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