Home支部・単組・分会より新着情報

超過勤務に関する諸問題(神戸県立支部)

2003年07月17日


超過勤務に関する諸問題について


勤務としての部活問題について


 たぶん、部活問題は、顧問それぞれの思惑も絡んで、むつかしい。例えば「僕は高校野球の監督になりたくて教師になった」という人がいます。一方で、「部員数が減って、やっと3年が引退して休部になった」と喜んでいる人もいます。そういう現実を最初に見定めておかなければならないと思います。


 以前、ある保護者と話をしているとき、「部活は先生の趣味でしょう? 先生の趣味で子どもを縛らないで欲しいんですよ」と、意見されたことがあります。「趣味で部活顧問」という言い方はともかく、教師のほぼ全員が部活顧問を委嘱されているという実態は、私たち自身の問題として、しっかり押さえておかなければならないと思います。
 例えば、野球にはまったく興味のない教師が3年間近く野球部の顧問として、休日返上で年間360日近く、朝から晩まで出勤していた、という事例もあります。(彼は、久しぶりに幼い娘さんが起きている時間帯に帰った翌朝、早くから起き出してきた娘さんから、「お父さん、また泊まりに来てね」と言われた、と涙ぐんでいました。「子育ての大切な時期に家庭を顧みなかった」と後悔しているそうです。)そういう極端な例は数少ないかもしれないとしても、多かれ少なかれ、部活顧問は、無報酬のままそういう家庭の犠牲を個人的に強いられているのだと思います。


 また、ある保護者との話し合いのなかで、部活顧問の手当=1200円/日(4号業務)の話をしたところ「先生っていうのは、やっぱりまだ『聖職』っていうイメージを持ってるんでしょう(先生っていうのはやっぱり世間知らずなんですねぇ)」という反応と、「ありがたいことだ」という反応と、「ありがた迷惑だ」という反応とがありました。
  (一昨年「IT講習会」なるものが、各高校で、地域の人たちを対象に受講料無料で休日に開催されました。その時間給が、講師が5000円、その補助が4000円でした。)


 そのような問題をもつ部活指導が本務か否か、ということは、いまだに解決のつかない問題であり、それを解決するためには非常に大きな枠組みの問題を立てなければなりません。だからここでは、単に、「勤務の一環として組み込まれた部活指導」についての話に限ります。

 部活には、顧問が側についていなくても自主的に生徒が運営できているような部から、毎日付き添わなければならない部まで、様々なものがあります。また、怪我をする危険性の高い部もあり、危険な薬品による実験を伴う部もあります。また、帰宅時間が遅くなりそうな生徒を帰宅させなければならないこともあります。生徒達が勝手にやっているから、と、顧問が勝手に帰ることは、なかなかできないことです。顧問でありながら自分では指導できないような場合、生徒が帰るまで、例えば部室の鍵を返しに来るまで、帰ることのできない顧問も居ます(生徒が怪我をして裁判になった場合、顧問が居たかどうか、争点の一つになります)。

 また、生徒の下校時間として、6:00とか6:30とかの設定が為されているのは、もともと部顧問にとって、超勤は当たり前だということでもあります。だから私たち教職員の中からも、「何で今更超勤が問題になるのか」という反応があります。
 また、部活顧問としては、多くの教師が、放課後、クラスや学年その他の、半ば自転車操業気味の事務処理や小会議や面接等々に時間が取られて、まともな「顧問としての指導」ができないでいる、というのが部活を巡る現状としてあります。


超勤問題について

 部活問題は、そのこと自身で、大きな問題を抱えています。この問題と、早急に解決を要する超勤問題とを一緒に論じることはできません。つまり、超勤問題を取り扱うとき、この部活問題を前面に出してしまうと、超えがたいハードルが壁のように立ちふさがってきます。超勤問題は、超勤実態の事実の問題として独立させて取り扱う必要があります。部活問題から芋蔓式にくっついてくる様々な問題を、取りあえず括弧に入れて、今は、超勤実態という事実そのものについて、取り組まなければなりません。


 超勤実態は、まず、超勤が実際にあったという事実の確認です。それが部活動によるものであれ、生徒指導によるものであれ、教材研究によるものであれ、各種会議によるものであれ、補習によるものであれ、採点やノート点検によるものであれ、教育設備の整備点検によるものであれ、各個人が教職員の仕事として行った総体の超勤事実として、確認すべきものです。

 例えば、信じ難いことですが「教材研究は超勤理由にならない」と言う校長が居るのです。その校長は、実際の超勤実態を解消するために、その教材研究を勤務時間外にはみ出させる原因となったその日の、例えば生徒指導関係の業務を、超勤として扱うということをしなければなりません。また、「前もって届け出た超勤しか認めない」等と言う管理職についての報告もありました。この校長は、私たち教職員が生徒や子どもたちの成長のために労を惜しまず超過勤務をしている現実を直視して、出直して来なければなりません。
 使用者は、労働者の超勤実態を記録し、その手当を講じ、その記録を三年間保存しなければなりません。実際に行われた超勤に対し、使用者がそれを無かったことにするとか、労働者側が勝手にやったことにするとか、そんなこと命じた覚えはないとか、あれこれと事実を歪曲してはいけないのです。そういう、違法労働形態を無くすことを、厚生労働省通達は、使用者に命じているのです。

 一般には、超勤には「割り増し時間給」が支払われます。ですが、「教員には(限定4項目以外に)超勤を命じることはできない」ことになっています。だから私たちの超勤は無給になっています。しかし、限定4項目以外の超勤は、「校長による『黙示の命令』」によるのです。だから、勤務の割り振りが為されなければならないのです。そこのところが、厚生労働省通知や、その後の国会での教育公務員の労働時間(超勤問題)についての確認であったわけです。

 限定4項目については、これまでにも一応の割り振りが行われてきました。校長の中には、いまだにこの4項目だけで押し通そうとしている頓珍漢がいますが、私たちの勤務の実態を、私たちの自己献身的で、しかも家庭犠牲的な袋小路に押し止めて蓋をして管理職と馴れ合うのではなく、しっかりと記録することが、求められています。これは、部活指導にまつわる複雑な問題とは全く別次元の、急を要する現実問題なのです。超勤実態を正確に把握しようとしない校長は、法律違反をし続けていくことになります。

 「そんなことを認めてたら、学校がまわらなくなる」と机上の計算で言う管理職がまだ残っています。割り振る義務を持つ管理職が、「だから超勤を認めない」と言ってしまうのは、自ら為すべきことをただ単に先延ばししているに過ぎません。校長は、「部活指導の超勤は認めない」とか「教材研究の超勤は認めない」とか言っている暇はないのです。その校長は、自分で自分の首を絞めているのです。どう逃げようとも、現実の超勤実態をどうするか、ということを独自に解決しなければならないのです。誠実な対応が望まれます。「校長会で云々」というのは、何の言い訳にもなりません。現場職員は、生徒との対応で超勤しているのであって、校長を始めとする教育行政は、私たちの勤務条件を整える義務と責任があるのです。

 また、超勤の報告は「自己申告」です。この自己申告においては「本人への確認」はともかく、使用者が関係部署を嗅ぎ回るような事をしてはなりません。それが「教職員の分断=教育破壊になる」ことは火を見るより明らかです。これはゆゆしき問題であって、どんな集団でも許されません。何故、こんなことがわからないほど人権感覚と教育理念に疎い人物が教育界に居るのでしょうか。

県高支部ニュースNo.14より


パスワード