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県教委は、「県立高校教育改革第一次実施計画」の「後期計画」を12/19に発表しました。当初の予定では、この後期計画は、前期計画から引き続いての一次計画の完成を目指すものだったのですが、実際に発表された後期計画は、一次計画の中途破綻を示すものでした。
高校教育課は、『学びたいことが学べる魅力ある学校づくり』を強調し、学校現場に押し付けてきました。学校現場からすると、「高校教育課にはここ数年の現場経験者が一人もいないのではないか」という感想を持ちながらも、校長の見切り発車号令のもと、自分の勤務する高校の未来を考え、渾身の努力をしてきました。
◎ もう一度、「特色化」が言われている背景を考えてみたいと思います。
まず第一に、特色化を進める背景として、教育予算の削減のための教育のリストラがあります。たとえば、どの高校でも、20代の教師が異様に少なく、教師の平均年齢が30代後半から40代になりつつあります。これは、退職教師の後任は講師でまかなう、ということが常態化しつつあるということです。つまり、新規採用者のリストラなのです。
全体として予算が無いわけではなく、予算作成時にフリーパスとなっている「公共事業費」の4割程度を削減すれば、福祉・医療の充実と共に、30人学級実現、若い教師の採用、etc.ができる。(但馬空港、淡路夢舞台、西播磨テクノ……etc.を、借金をしてまで強引に押し進めるべきどんな緊急の事情があるのか?)
特色化を言うなら、そのための教育環境整備をしなければなりません。時間も人手も無い状態で(条件はすべて今のままで)、さらに「特色化」を押し進めよ、というのは、かえって教育破壊にもつながっています。実際に、忙しくなりすぎて、肝心の生徒のケアに手が回らない事例が増えてきていることを、現場では感じています。
県教委はその辺のことを一切「見えず聞こえず」を押し通し、特色化に応じた学校にはそれなりに特別加配を出す、と「馬の鼻面に人参」のようなことをしています。
◎ また、「生徒のニーズに応じた選択科目」という言葉について。
この言葉は、それが「何かしら良いことを意味している」ように見えるから、学校現場では教師の思考を停止させる「暴力的な言葉」として通用してしまっています。
でも、実際には、系統立った教科教育を阻害したり、生徒の学力低下をまねいたりすることもあり、さらに教員に過重な負担を強いたり、しかもその努力が結実に至らないことが往々にしてあります。(勿論、すべてそうだというわけではありません。)
高校教育課は、「生徒に好きな教科・科目を選択させれば、生徒は意欲を持って学習し、それで高校教育が活性化する」と主張しているらしいのです(本気かどうかは知りません)が、教育関係者が皆無の集団が机上で連想ゲームするのならまだしも、それを現場に押し付けてくるのだから、私たちの仕事環境の劣悪さの加速は当たり前のことだったのかもしれません。だから、いつも紳士的な書き方で知られる「教文便り」にさえ、「脳天気な高校教育課」という言葉に怒りが燃えています。
◎ 高校統廃合、総合学科、単位制、類型、……etc.
県教委が押し進めようとしている教育予算大幅削減を達成するための、第一次実施計画の目玉商品でもあったのですが、それぞれ、後期計画では半分くらいに計画を縮小しています。県教委の当初の予想と現実との食い違いと、現場や地域からの根強い反対とによって、実施できなくなって、つまり、目玉商品は破綻した、ということです。でも、まだ対象として残っている学校名を伏せたまま、この春の受験があるようです。受験のあとで発表することになる……まるで詐欺ではありませんか。この15歳の中学生に対する仕打ちのどこが、「学びたいことを学べる学校づくり」なのでしょうか。
県高支部ニュースNo.32より
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