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「2003年日本平和大会in沖縄」に参加して

2004年02月11日


「2003年日本平和大会in沖縄」に参加して
03平和大会in沖縄

 “Okinawa is not for sale!” これはアメリカから参加した平和運動家の言葉である。

 私はこの言葉を辺野古(へのこ:米軍基地の海上移転予定地)の浜辺で耳にした。そこには全国から千人を超える人々が集まり、韓国、アメリカ、フランス、そしてイラクからの参加者に加え、元アメリカ海兵隊員の姿もあった。

 その日は快晴で、(地元の人は寒波だと言っていたが)ひんやりとした風が穏やかに吹き、浜辺の先にはジュゴンが棲むという青い海が広がっていた。私たちの集会のすぐ横に張られた、基地との境界を示す有刺鉄線の向こうにも、人影もなく、美しい白い砂浜がずっと続いていた。

 私たち参加者は海を背にして、正面の演壇に立つ各国からの代表者の話に耳を傾けていた。最前列には、地元の「おじー」、「おばー」たちがしっかと浜辺に座り演壇に向かっていた。今思い出すとその姿は揺るぎなく地に根をおろしているかのようだった。この方たちが、この辺野古の海を守ろう、子どもたちや孫たち次の世代にこの美しい海を残そうと闘ってこられた人たちだ。ここで生まれ育ち、沖縄戦を生き抜いてこられた人たちだ。太古の木を前にしたときの迫力を人間にも見いだし得るのだ、ということを知った。  演壇では、地元の高校生が 「自分たちでもこの地で今行われようとしていることが如何におかしいことかが分かる」と話した。また、東京からやって来ておじー・おばーたちと出会い、この地に留まり闘っている若者が 「人間として本当に大切なことは何なのかを教えてもらった」と力強く語った。

 沖縄戦の跡を巡り、沖縄の米軍基地の現状を目の当たりにしながら、海外から参加された方、とりわけ、多くの困難の中イラクから参加された方(バスラ教育病院がんセンター所長)からもお話を伺うことができた。 「水、電気が不足しているが、何より医薬品が足りない。二千万円あれば病院が再建できる」とのことで募金が始まった。また、 「イラクと沖縄がつながっているのだということが分かった」とも言われた。 イラクの地へこの沖縄からも米軍が派遣されている。その現実が、自衛隊の派遣によってだけでなく、私たちの日本が深くアメリカのイラク戦争に関わっているのだという事実を、ここ沖縄で実感として感じることができた。

 大会は金・土・日の三日間行われ、月曜日には私は教壇に立っていた。今まで少しは分かっていると思っていた沖縄の問題が、今思うとまだ日常とはどこか離れたことだと感じていたことに気付かされた。  沖縄で起きていることは、こうしている今も間違いなく現実なのだという感覚が、目の前のこの生徒たちにとっても、たとえ本人たちが気付いていなくても、現実に彼等が直面している問題なのだということを理解した。

「先生、何か顔、黒いんとちゃう?」との声に、私は沖縄について生徒たちに語った。

それは沖縄の現実についてであり、 本土防衛のため捨て石にされた沖縄戦についてであり、 戦後1972年まで占領下に置かれたまま返還を果たされなかった沖縄史についてである。 そして在日米軍基地の75%を押しつけられまま、 世界の戦争へと出撃していく米軍を抱え、 今も常に戦争と隣り合わせに暮らす沖縄についてである。 かつて、全国から集まった一万人以上の人々と沖縄住民たちが一旦は米軍による強制接収を阻止した沖縄随一の田園地帯が、人々が寝静まった真夜中に投光器もつけずに密かに埋め立てられ、有刺鉄線を張り巡らされて取り上げられていった歴史についてである。  そして、 在日米軍基地の是非について考えようとするとき、 そこで暮らす人々がいること、 次の世代に愛する海や生き物を残そうとする人々がいること、 基地建設の資材置き場となってずっと暮らしてきた村を追われる人々がいること、 そして沖縄戦で亡くなっていった人々を決して忘れてはいけない。  我が身に引き比べ、想像力を働かせ、少しでもその人たちの痛みを感じ、その思いを汲み取らなければならないと思う。なぜならその人たちの苦しみの上に私たちの日常があるとも言えるからだ。  日本のあり方は君たち一人一人が考えていかなければならない大切なことなのだ、と。

 アメリカの平和運動家は、沖縄の人に教えてもらったという言葉を使って、 「私はこの沖縄の現状を見て“ワジワジー”している!」と語った。 「この場に500人のアメリカの平和運動の仲間たちを連れてきたかった。きっと彼等も同じことを感じるだろう。アメリカ軍は武器を持ってアメリカへ帰るべきだ。」と。 この沖縄に対する理不尽な蛮行への怒りを持つこと、また持とうとする勇気こそ“ワジワジー”という言葉が意味していることではないか。  だとすれば、 沖縄を今の状態にしている日本という国に暮らす一人として、沖縄の置かれている状況に対して持つ“ワジワジー”こそ私の責任であり人間として必要なのものではないか。なぜならば、それなくしては沖縄の本当の意味での日本への返還はあり得ないと思わずにはいられないからだ。

 “Okinawa is not for sale.”(沖縄は売り物ではない。)

カンパ支援を頂き、ありがとうございました。 神戸高塚高校分会:大谷浩一


編集後記 ★憲法9条は「国の交戦権は、これを認めない」と締め括られていて、前文の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」の決意と呼応する。★「認めない」のは、主権者である国民であり、この規定に縛られるのは政府である。★ところで、交戦権とは、国の命令によって人を殺す権利と義務のことだ。人をたくさん殺した兵士が、殺人者とならずに勲章をもらうという状態のことだ。★安全と歓待のみが異様に強調される無責任さのなか、私たちは沖縄とサマワという二重の鎖で、アメリカの交戦権に結びつけられている。で、それを日本の交戦権と勘違いしたがる者がいる。(meiro)

県高支部ニュースNo.35より


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