神戸市会が非核神戸方式をうち立てて30年近くなります。風雲急を告げています。
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核兵器積載艦艇の神戸港入港拒否に関する決議
神戸港は、その入港船舶数及び取扱い貨物量からみても、世界の代表的な国際商業貿易港である。
利用するものにとっては使いやすい港、働く人にとっては働きやすい港として発展しつつある神戸港は、同時に市民に親しまれる平和な港でなければならない。
この港に核兵器が持ち込まれることがあるとすれば、港湾機能の阻害はもとより、市民の不安と混乱は想像に難くないものがある。
よって神戸市会は核兵器を積載した艦艇の神戸港入港を一切拒否するものである。
1975年3月18日
神 戸 市 会
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神戸港に入港しようとする軍籍の艦船については、この決議以降、
@その国の在日大使館から入港を外務省に通知し、
A外務省から神戸市長に連絡が入ります。
B市長は大使館に「非核証明書」を請求し、
C大使館が証明書を市長に送付します。
これらの手続きのあとで入港許可が下りることになっていますが、ここ数年、アメリカと、外務省を初めとする政府の圧力が強まってきています。
神戸港は、戦後1945〜1951、米軍の完全占領下にありました。1952年から一部撤収が始まりましたが、米軍基地としての神戸港は、朝鮮戦争・ベトナム戦争に利用され続けました。クリスマスには三の宮や元町に米兵があふれ、市民が暴行を受けるなどの被害も増えました。「平和で静かなクリスマスを」と、神戸港で働く労働者を中心に1961年から「クリスマス闘争」が始まり、1974年になってようやく神戸港から米軍基地は撤去されました。その年、米議会でラロック証言「日本に寄港する艦艇は核兵器をはずさない」があり、翌1975年、神戸港で働く労働者が中心となって市議会に陳情し、この市会決議に結実し、それまで自由に神戸港を利用していた米軍艦は、その後一隻も入港できなくなりました。
この「神戸方式」の絶大な効果は、全国の注目を集めています。さらに、ニュージーランドでは、これを国の法律にし、日本より先に「非核の国」を実現しています。
外務省は次のように言っています。
「神戸方式ば,神戸市の考えを表明したものに過ぎない。米軍が神戸港に寄捲しないのは米軍の運用上の判断があるからであり、非核証明書が効果を発揮したものではないと考えている。地方自治体の措置で米国艦船の寄港が妨げられてはならない。」
そして1998年5月28日、カナダの軍艦『プロテクター』が、非核証明書を持たずに入港してきました。神戸市は「神戸港非核決議(非核神戸方式)」に基づき、在阪のカナダ総領事館と外務省に「非核証明書」の提出を求めたのですが、外務省は「カナダは核不拡散条約締結国で核兵器を所有していない」ということを理由に「非核証明書」の提出を拒否し、この日の入港となったのです。神戸方式が踏みにじられた初のケースでした。しかも入港の理由のひとつに「震災被災者の激励」が含まれていたという、神戸市民の神経を逆撫でするような事件でした。
最近は、国の教唆を受け、神戸方式の無力化を企てる神戸市会議員さえ出てきています。
悲しいことですが、自国政府による理不尽な攻撃から身を守らなければならないのです。本来なら、核兵器から全国の港湾を守るのは、日本政府であるはずなのですが。
県高支部ニュースNo.36より