大きな国の大きな変遷……2.略奪
コロンたちとその航海の子孫たちは、黄金と富とを求めて、陸地を名付け、征服していった。それは神の土地となり、王たちの土地となった。彼等は宣教師を伴い、占領地を広げ、拠点を次々に建てた。では、そこに住む人々は一体どうなったのだろうか?
原理はこうだ。新しい土地は神のものであり、その土地に産まれるものもまた、神のものであり、王たちのものである、ということ。つまり……、
『コロンたちが発見したのは、アメリカ大陸であって、アメリカ人ではなかった。』
アメリカ人たちは、正しい衣服を持たなかった。それは、ヨーロッパの人々のやっかいな癖にとって、文明の欠如を、そして人間であることの欠如を意味した。彼等は、コロンたちの持ち物――ガラスの破片や、割れた陶器、(コロンは手袋や赤い帽子を差し出したしても)……――と、彼等の黄金や装飾品とを喜んで交換した。アメリカ人たちは、コロンたちを伝説に語られた天からの使者と信じているようだった。でも、コロンたちは、彼等が手にしているその黄金を求めてはるばるやってきたのだ。アメリカ人に用はない。しなければならないことは、土地と富を正しく名付け、正しい所有関係へと位置づけることだ。そして、彼らはアメリカ人たちをインディオと名付け、それが、以後、彼らを指し示す正しい呼び名となった。
黄金と富は、あるだけ全部、否、もっともっとそれ以上に必要なのだった。何故ならば、それが、神と国の掟であるのだから。神のもとで艱難辛苦を乗り越え、それを神が認め、それによって国と民が富む。それが、ヨーロッパという正しい世界の原理なのだ。宣教師は、正しい世界を説いて回り、金品を回収して回った。
その正しさを理解できないのは、異教徒であり、異教徒は人間の名に値しない。だから、アメリカ人=インディオは、人間であることを剥奪された。
『居留地に1600人を集め、ましな550人を乗船させてスペインに奴隷として連れていったが、気候が合わなかったのか、200人近くが死んでしまった。死体は海に捨てた。居留地に残った1000人あまりについては、必要なら何人でも所有してもよい、とお触れを出した。なかには逃げる者もいて、そのあと、奴隷を捕まえるのに苦労しなければならなかった。』(1495年冬)
このように、軍隊と宣教師たちのもとで、「正しい侵略」が始まり、略奪と破壊・惨殺の時代が幕を開けた。……おぉ! コルテスよ……!!
コルテスは、数百人の部下(と天然痘)を率い、反アステカの旗を揚げる部族たちの協力の下、数十万の兵士を擁するアステカの王国を占領し、破壊し、協力した部族たち共々滅亡させた。それは、コロンの最初の命名からまだほんの30年、1521年の真夏だった。
この象徴的な事件は、南北アメリカの人々が幾星霜にわたって営々と築き上げてきた生活様式と文化を、徹底的に追放し破壊する道への扉を、大きく開け放ったのだった。好戦的キリスト教原理主義へと姿を変えたヨーロッパ・グローバリゼーションが、飢えたオオカミとなって新世界を陵辱し、自らの市場へと変えてゆく。異教徒の土地と人々は、今後数世紀に渡って、このブルドーザーの暴走を防ぐ術なく、すべてが押し潰されてゆくことになる。そのあとへ、旧大陸の桎梏を逃れて、新生活を切り開くための移民の大群が続く。「フロンティア精神」の始まりである。
県高支部ニュースNo.04より