教育基本法の「改正」の動きのなかから、ファシズムの足音が聞こえてきます。
けれど、たとえば第二次世界大戦を振り返ったとき、「強大な軍部が道を誤ったから」とか「ヒットラーが悪魔だったから」とかの言い訳に逃げ込むことはできません。「ナチイデオロギーは、人間が望み、そして人間によってつくられた」(2005/01/25、アウシュビッツ60周年記念、シュレーダー首相演説より)のです。その足音を誰もが聞きながら、とうとう誰も止められなかったのです。でも、「私たちが、かつて国家権力によって、自由と正義と人間の尊厳が踏みにじられたことを忘れるならば、自由も正義も人間の尊厳もあり得ない」(同上)。今再びその足音が聞こえてきます。今回は止められるのでしょうか?
4.その他の問題 ………ファシズム化する教育行政
例:改正原案「第16条(現行法第10条)教育行政」の全面書き換え
例:改正原案「第12条(現行法第6条の一部)教員」の書き換え
■最も話題となっていた現行法第10条(改正原案では第16条)では、
現行法
「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
2、教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない。」
中教審答申
「教育行政は、不当な支配に服することなく、国・地方公共団体の相互の役割分担と連携協力の下に行われること」(付記として、この文言は変更すべき、とある。)
改正原案
「国は、教育の機会均等と水準の維持向上のための施策の策定と、実施の責務を有する。地方公共団体は、適当な機関を組織し、区域内の教育に関する施策の策定と実施の責務を有する。」
改正原案には、「国は、教育の(機会均等と水準の維持向上のための……という挿入句をつけて……)施策の策定と、実施の責務を有する」とあります。既に見たように、「機会均等」については、国は責任を放棄し、「水準の維持向上」とは、国の策定する「愛国心」や「エリートを育てる」等の教育目標への水準維持のことです。現行法で語られているような教育の理念のイメージはここには全くありません。ここで言われていることは、教育行政が、教育の内容や方法全般について指図(「教育振興基本計画」)し、現場を従わせるということなのです。
また、「地方公共団体は、適当な機関を組織し、区域内の教育に関する施策の策定と実施の責務を有する」とは、現行の教育委員会制度さえも解体し、行政が直接権限を行使する(命令する)ための、強力な上意下達の組織を新設する、ということです。
この改正原案ではあからさまには書かれていませんが、「教育行政は、不当な支配に服することなく」という、現行法を全否定するような悪意に満ちた文言が中教審答申にはあります。ここで言われている「不当な支配」とは、教職員組合や市民運動等による教育行政への批判のことで、教育行政を批判することが「違法」行為になるということなのです。
現行法では、「教育行政は、この自覚(教育が不当な支配に服することなく、国民全体に直接責任を負って行われる、という自覚)のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行う」……つまり、行政には教育の「施策の策定と実施の責務」はあり得ないし、決して教育を縛ってはならなかった。
それは、「教育は、(国の教育行政による)不当な支配に服することなく」として厳に戒められていた筈の「超えてはならない一線」でした。けれどもその「超えてはならない一線」を、教育行政は、いとも簡単に超えて踏みにじろうとしているのです。
■「教員」では、
現行(第6条2項)
「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。」
改正原案
「教員は、自己の崇高な使命を自覚し、研究と研鑽に励む。教員の身分は尊重され、待遇の適正と養成・研修の充実が図られる。」
何が捨てられ、何が加わったか、ということについて意識しながら読めば、この変更が意味していることがいくつか見えてきます。
まず、現行法での「自己の使命」は、「全体の奉仕者」として、「不当な支配に服することなく」、「(生徒の)人格の完成」をめざす教員としての、「独立した使命」のことです。
一方、改正法案での「自己の崇高な使命」とは、「国の方針を生徒に伝える」という、国のために(一身を投げ出して)従属する「崇高な使命」のことであり、その限りで教員の身分(待遇の適正)は守られる、ということです。また、教員の養成と研修は、行政が(官製研修を)「充実」させる、とあります。その先取りとして、昨年度から「10年研修」が始まっています。これらの「研修」は、法に定められ、強制されています。
編集後記
★今年は戦後60周年、アウシュビッツもナチも、満州帝国も原爆も、還暦を迎える。★私たちは、歴史に何を学んだか。一体何を学び得たのか。一体私たちは子供たちにどんな世界を受け渡すことができるのか?★今、世界は「自由」を標語に暴力が吹き荒れている。一体何が「自由」なのか?★今、すべてが塗り替えられようとしている。今こそ、声を挙げて欲しい。(meiro)
県高支部ニュースNo.34より