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詩『私が先生になったとき』紹介、他(神戸県立支部)

2005年03月01日


私が先生になったとき
(作者不詳)
私が先生になったとき、
自分が真理から目をそむけて
子どもに本当のことが語れるのか

私が先生になったとき、
自分が未来から目をそむけて
子どもたちに明日のことが語れるのか

私が先生になったとき、
自分が理想をもたないで
子どもたちに一体どんな夢が語れるのか

私が先生になったとき、
自分に誇りをもたないで
子どもたちに胸をはれと言えるのか

私が先生になったとき、
自分がスクラムの外にいて
子どもたちに 仲良くしろと言えるのか

私が先生になったとき、
一人手を汚さずに自分の腕を組んで
子どもたちにがんばれと言えるのか

私が先生になったとき、
自分の闘いから目をそむけて
どうして子どもたちに勇気をだせと言えるのか

(出典によって文章は少しずつ異なっているようです。)

県高支部ニュースNo.36より

フランシーヌの場合は、あまりにもおばかさん
フランシーヌの場合は、あまりにもさびしい
3月30日の日曜日、パリの朝に、燃えた命一つ
フランシーヌ……

 3月です。この歌〜「フランシーヌの場合」〜を思い出しました。
 ビアフラの飢饉やベトナム戦争に対する反戦運動の高まりの中で、1969年3月30日の日曜日、焼身自殺を遂げたフランシーヌ・ルコントというフランスの女学生の話を歌にしたもので、新谷のり子さんが歌って、1969年から1970年代始め頃にヒットしました。

県高支部ニュースNo.36より


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