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都立高校卒業式で生徒発言/「もうこれ以上先生をいじめないでほしい」(神戸県立支部)

2005年06月21日



都立高校卒業式で生徒発言
「もうこれ以上先生をいじめないでほしい」
教育基本法の改悪を止めよう! 5.7全国集会の発言より
2005/05/07、都立高校卒業生:永沼拓海(18)
http://www.kyokiren.net/_info/0507/より

 私は、今年の三月、都立戸山高校の卒業式で卒業証書を受け取る時に、校長のマイクをお借りして、「もう頼むからこれ以上先生をいじめないでほしい」と発言いたしました。どうしても、卒業式委員会の委員長として、都教委に訴えたかったからです。

 卒業式をつくるプロセスから、今日の都教委の政策は、先生という教育者が教育者であることを不可能にしている、そういうことを実感しました。卒業式のプロデュースにおいて、私たちは、校長と対話をすることが多々ありました。そこから、校長という管理職であり、教育者である存在も、被害者であると感じました。

 今年、戸山高校の卒業式委員会は、都教委と対立するのではなくて対話をしようということで、プロデュースをしました。三年生にもそれぞれ考え方があり、人によっては都教委のもつナショナリズムという価値観も認めるべきではないかという考えもあります。すべての人の多種多様な考えを認めるという学校教育本来の性質に則って、すべての人の立場を尊重するため、学校のマーク、日の丸、都旗、三者の適度な同居、これを壇上に掲げるということを提案しましたが、校長はこれを認めませんでした。この案に関して、管理職ではなく校長先生という一人の教育者としてどういうふうに考えますか、とお尋ねしたところ、校長は、質問に対して答えてくださいませんでした。
 管理職といえども、先生と名のつくからには教育者であることは間違いありません。しかしながら教育現場で教育者が真意を語れない、ほんとうの気持ちを語れないなんてどういうことなんでしょう。考えを述べることができない教師、それは本当に教師なんでしょうか。

教育基本法の改悪を止めよう! 5.7全国集会  今、校長は、生徒の意思を無視してでも、都教委の方針に従うという存在になっています。私はあらためて、本当の敵は誰なのか、それを問いただす必要が、いま、あると思います。校長の言動は確かに見えやすく批判しやすいものです。しかし、彼らを防波堤にしている都教委の存在があります。それを見つめなければなりません。教育者から教育を奪っているのは都教委に他なりません。

 今こそ、教育委員会に対して、教師と生徒・保護者が一枚岩となって声をあげるべき時です。都立高校の自由な伝統を共に守りましょう。


資料〜新聞記事より〜

朝日新聞 2005.03.28 東京夕刊より
●都立戸山高校(新宿区)で10日あった卒業式。羽織はかま姿で壇に上がった男子生徒が、校長から卒業証書を受け取り、握手を交わした。突然、壇上のマイクを取ってフロアに向き直った。
「東京都教育委員会のみなさんにひとつお願いがあります。これ以上もう、先生たちをいじめな いでほしい」

●都内東部の別の高校では卒業式後、卒業生たちが催しを開いた。遠足や修学旅行、体育祭などの思い出を詰め込んだスライド上映と、自分たちで作った歌詞を流行歌にのせた合唱。
 もともと卒業式で披露するはずだったが、2月、校長が「認められない」と言い出した。
 卒業生たちは「なぜ」と校長に抗議し、式に続いて同じ会場で別の催しとして開くことを決めた。「校長は出席させない」と申し合わせた。当日、式の後に休憩をはさみ、校長は自ら席を外した。ほかの先生たちは残った。「もし校長も残ったら、『校長先生が退場します』と言うつもりだった」と司会の卒業生は打ち明ける。
 「やりたいと言わなければ始まらない。これまでと違う『卒業式』ができたことを誇りに思う」

毎日新聞 2005.03.17 地方版/東京より
●中野区内の高校では、君が代斉唱時には立っていた在校生らが、校長式辞では集団で着席した。理由を聞いた教員に生徒の一人は「歌で起立しないと先生の責任になるから、校長あいさつの時に立たないことにした」と話したという。だが、校長は「司会者の『生徒起立』という声が聞こえなかっただけではないか」と問題視しない構えだ。

2005県高支部ニュースNo.10より


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