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あれから15年〜神戸高塚高校事件を振り返る〜/私達教師は一体何をしているのか〜3(神戸県立支部)

2005年06月21日



あれから15年〜神戸高塚高校事件を振り返る〜

私達教師は一体何をしているのか〜3

神戸高塚高校事件(校門圧死事件)について……

 1990年7月6日(1学期期末考査初日)午前8時30分、神戸高塚高校で、「遅刻指導のために閉められた260kgの鉄製の門扉とコンクリート製の門柱の間に、始めての遅刻を避するために走り込んできた石田僚子さん(15歳)は頭を挟まれ、夥しい血を吹きながら倒ました。約2時間後、運び込まれた病院で、御両親の到着前に、亡くなられました。


(注)この記事は、1995年の県高支部ニュースに掲載されたものです。(N)

 「何でそんなことに学校の先生は頑張るの?」というのは、4号業務の手当について説明した後の保護者の反応です。中学校も高校も、部活で子供の帰りが遅いので困っている、という声に、私は「部活についての無限責任を押し付けられたまま捨て置かれている顧問教師」の現状について説明したのですが、保護者の反応は、「ありがたい」と「ありがた迷惑」、それと今紹介した「どうして?」という素朴な疑問との3種類でした。
 私達教師の多くは、言わば企業戦士のように過度に働いています。校門事件で、たった一人懲戒免職を受けた教師は、ずっと野球部顧問として、1年365日のうち、休日は3日あるかないか、毎日朝の7時前から夜の7時後までという毎日を十数年に渡って続けていました。彼の授業も、生徒からは「わかりやすくて面白い」と好評で、さらに、他の先生の言うことは聞かない生徒も、彼の言うことには従うという傾向がありました。彼は、自分の教育について、これっぽっち程も疑問を抱かなかったのではないか、と思います。自分の正しさは、たぶん、彼にとって、自分自身の真正面からの「一生懸命さ」と、全身全霊をかけた毎日の充実と、彼の前では生徒がほぼ従順であること等々が証明していたのだ、と思います。事件後、何人かの同僚教師が「彼のような教師は居なければいけない」という意味の発言をして世間の顰蹙を買っていました。けれども「彼のような教師」を創り出し、しかもそんな教師が「必要」だと感じる「学校の現実」及び「教師にとっての教師像」がどうなっているのか、という事を問題にしなければならないと思います。

 私達教師は、非常にたくさんの生徒が生活する高等学校の運営をしています。(その運営には、教師だけでなく、さらに生徒と保護者が参加しなければいけないのだ、という声が大きくなりつつあります。ただ、現実には、ほとんどの学校で、)学校運営は教師の日常業務として、たとえば生徒の生活指導として、生徒の学習指導として、生徒の課外活動指導として、行われています。また、日常活動のバックボーンとして、カリキュラム編成、年間指導計画等の種々の計画立案が、教師によってなされています。
 それ等の学校運営の在り方は、そのまま学校という制度の歴史を形づくり、私達の教師としての生活の中に染み込んでいます。つまり、歴史的に持続してきた学校制度の中で、その時代に応じた教師としてのあり方が要請され、それによってまた学校という現実の制度が維持されているという自給的(閉鎖的)制度のなかで、私達は教師であるのです。  ここで、持続されているのは「学校制度」であって、私達教師はそのなかで「制度の教師」として機能していることを注意しておかなければなりません。そして、そのような学校制度のなかでは、「生徒」の立場は、お客さんであり、うまくいってほんの少しの「参政権」を教師達の手から漏れ頂く立場でしかありません。

 学校は、生徒を導き、成長させるための制度としてあるという大前提ですから、しかもそれが自給的な(閉鎖的な)制度であるということは、実は大変な矛盾なのではないか、と思います。極端に言えば、教師集団に「制度の教師」であることを要請しているこの「学校という制度」の閉鎖性は、実は「教育」から無限に離れているのではないのでしょうか? 何故なら、たとえば私達の生徒へのいちいちの指導に対し、一体私達はどのような責任を持ち得ているのでしょうか? たとえば具体的に言うと、教師は、決められている制服を生徒に着るよう指導する責任を持つ(決められたことは守らせる)が、一体何故制服を着なければならないのかという理由がその教師自身にもわからない、ということが、生徒指導の日常茶飯事としてあるわけです。「教師は、生徒を指導する責任を持っているが、その指導に対する責任を持ち得ていない」というこの構図は、一体何を意味しているのでしょうか? この時、生徒指導を支えている「教師・生徒の関係」を取り巻く幻想は、一体どのようなものなのでしょうか? たぶん、それこそが、「学校という制度」が連綿と持続されてきた、その閉鎖的な指導権力の「賜物」なのではないのでしょうか。(そして最近、その、制度としての学校権力の綻びが目立ち始めています。)

 特別権力関係論、という議論があります。また内部社会論(部分社会論)という議論もあります。ともに、制度としての学校のように、閉鎖的な社会として成立している集団について、その社会構成員の人権が大幅に制限されている状態についての議論です。それらの議論のなかで、学校を、治外法権ならぬ人権外法権社会と名付ける人もいます。憲法に保障されている人権が及ばない社会、ということです。

 「学校制度」の中で生きる「制度としての教師」というこの構図は、私達が意識すると否とに関わらず、高校教師として一体どのような立場に立つのかという選択を、私達教師個々に強いています。学校制度という幻想を守る「企業戦士」として権力を持って立つか、それとも自ら責任を持ち得ない指導の中で唯一の依拠としてマニュアルを遵守するか、それとも何のマニュアルも無いまま生徒の反抗と従順のなかで自らの教師としての在り方を探していくか、等々、……ただ、教師はこうあるべきもの、という決められたもの(正しいマニュアル)は最早、どこにも無いのだ、と私には思えるのです。

(次回に続きます)


編集後記
★「あなたは社員として会社に守られている。会社に逆らうようなことは言うべきじゃない。」★これは、ある大手の新聞記者が後輩から言われた言葉だ。「これが報道機関で働く者の言葉なのか。力が抜けていく気がした」と彼は言っている。★戦時下の清沢洌『暗黒日記』(1942−1945)にも、同様の新聞報道自主規制への苦言が書かれている。★歴史を繰り返してはならない。

2005県高支部ニュースNo.10より


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