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本の紹介〜『夕凪の街 桜の国』(神戸県立支部)

2005年06月28日



本の紹介〜『夕凪の街 桜の国』
 
(こうの史代著、双葉社'04刊、\840)

 今春、友人から、ある本を紹介され、私は翌日の帰宅途中にその本を買い求め、通勤電車の中で読み終え、帰宅して娘に渡しました。その翌日、同じ本を3冊買い求め、別の友人に配りました。戦後60年、ヒロシマ60年。NPT再検討会議は恥ずかしい結果に終わりましたが、諦めるわけにはいかないのです。ぜひ、手に取って下さい。
 ここに紹介するのは、ジュンク堂の冊子「書標」2005年4月号の、著者自身による記事の抜粋です。(N)
夕凪の街 桜の国 夕凪と桜の日々

こうの 史代

 『夕凪の街 桜の国』を出版したのは昨年の秋で、広島の原爆について描いています。『夕凪の街』は被爆10年後の広島、『桜の国』は42年後から59年後、つまり昨年の東京と広島を舞台としたまんがです。

「ヒロシマを描いてみたら」というのは、編集さんの提案でした。3年前の夏の事で、売れない作家らしく安請け合いしたものの、描ける自信はまるでなかったのです。
 というのも、広島出身のわたしは、原爆について、描くどころか知ることすら「おこがましい」とずっと考えてきたのです。学校などで見聞きする体験談 は「あの日のことは思い出したくない」で必ず結ばれ、「遭っていない者には判りっこない」だったからです。しかし、原爆について調べるにつれ、「思い出したくない」「語りたくない」からといって、「知って欲しくない」わけでは決してない、ということが判ってきました。また、遭っている者ならすべてを知っている、というわけでもないことも。そして、わたし達は伝えるぐらいの役割はせめて負うべきなのだ、と感じる事が出来るようになりました。
 こうして出来た『夕凪の街』は、いくつもの原爆文献で何度も繰り返され、すでに「民話」のように決まった型を踏まえた物語となりました。

 一方、『桜の国』では、被爆二世と、被爆者差別(の芽)を扱っています。  原爆の惨禍を伝える事は大切だけれど、正しく、というのが大前提。それが誇大に伝われば、無駄に不シアワセになる人が今もいるという事は、原爆の惨禍と必ず同時に伝えねばならない、と思って描こうと決めました。
 被爆二世については、よく取り沙汰される自身の健康不安よりも、自分の最も必要な人をいつ原爆に奪われるか判らないという恐怖、という観点で描いてみました。
 実際のところ、ほとんどの二世は、そうでない人と健康面でそれほど変わりはありません。普通に風邪ひとつひかぬ人もいれば、普通にアレルギー体質の人もいる。ただ「原爆の悲惨さを伝える」という名目で集められ、発表された従来の文献は、体調不良を強調したつくりにならざるを得なかったのでしょう。平凡に健康に生きている二世のお話は当たり前過ぎるのか、見た事がありませんでした。
 物語として少々難解になってしまいましたが、原爆の惨禍はこのくらいの判りにくさでいまも世の中に潜んでいる、ということが伝わればいいと思います。

 ここまでの反響は、思いがけず大きくて、わたしの他の出版物のおよそ十倍の部数を発行しています。
 また、みんな驚くほど深く暖かい読解をしてくれるのだと判りました。まんがの世界には、ほんとうに力のある善い読者が育っていました。まんがを描く手を持った者として、これほど嬉しいこともありません。

2005県高支部ニュースNo.11より


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