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あれから15年〜神戸高塚高校事件を振り返る〜
私達教師は一体何をしているのか〜5(神戸県立支部)

2005年07月05日



あれから15年〜神戸高塚高校事件を振り返る〜

私達教師は一体何をしているのか〜5

神戸高塚高校事件(校門圧死事件)について……

 1990年7月6日(1学期期末考査初日)午前8時30分、神戸高塚高校で、「遅刻指導のために閉められた260kgの鉄製の門扉とコンクリート製の門柱の間に、始めての遅刻を避するために走り込んできた石田僚子さん(15歳)は頭を挟まれ、夥しい血を吹きながら倒ました。約2時間後、運び込まれた病院で、御両親の到着前に、亡くなられました。


(注)この記事は、1995年の県高支部ニュースに掲載されたものです。(N)

 私は二児(6才と4才)の父親です。この二人の子供達もまた、やがて「学校」という場所に「預けられる」ことになります。私と同じく妻も、子供が就学年令になることに対して、一方で様々な教育を巡る問題に対する不安を、もう一方で「これで楽になる」という安堵を持っています。妻は私に相談を持ちかけますが、私は、私の教師としての在り方のなかで、妻の不安と安堵の二律背反を解決する言葉を持っていないのです。と同時に、教師である私自身が、私の子供達を学校に預けるということへの不安感、或いは不信感を、拭い去れないまま、釈明しようの無い矛盾の中に居ます。

 安堵感のなかには、子供が学校に上がると楽になる、という日本の家庭を取り巻く「教育を巡る事情」というものがあると思います。「教育」は学校に任せればいい、という風潮があるように思います。
 たとえばそれは、この子は風邪を引きやすいからスイミング(月曜日)に、芸術的な感性も身に付けさせたいからお絵描き教室や音楽教室(火曜日)に、字の勉強もさせたいから書道教室(水曜日)に、算数の基礎には算盤塾(木曜日)に、等々というように、複数の委託教育の分業指向にも表れています。子供の人格が全体性を失ったまま、統一されない部分の集合となってきているのです。(それは、症状が見られないまま、早期教育、超早期教育といった流行を生み出すにまでなり、「親が子供にしてやれることは、できるだけいい教育を受けさせること」という標語まで流布されてしまっています。「できるだけいい教育」とは何なのか、という反省を伴わないまま、です。)

 学校は、いわば、治外法権的な部分を持っています。それが日本的な学校の特色でもあるのかもしれません。中学校になると、着る服装は細部まで決められ、従順でない自己表現は、矯正されます。まるで、学校という温室が存続するためには、その温室で栽培されるすべての作物が規格通りのサイズと大きさとを持たねばならない(そうでないと商品は市場で売れ残る)とでも信じているかのように、私達教師は、自分がどんなに疲れていても、子供達の規格統一への義務感がくすぶっています。学校教師は、子供一人一人の個性と可能性、ということを一方で言いながら、もう一方ですべての個性の芽を刈り取ろうとしているのではないのでしょうか。一体、私達が学校で行なっていることは何なのでしょうか。中学校では、丸刈り指導が無くなったそうです。丸刈り指導とは一体、何だったのでしょうか? そんな指導は無くなって当たり前だったんだ、と言われるかもしれません。では何故、そんなものがあったのでしょうか? 日常的な「生徒指導・生活指導」の名のもとでの、私達教師の時間や精神的ストレスによる過労の重さに見合うだけの、正しい「指導」となり得ているのでしょうか。

 たぶん、例えば私が昭和十年代の教師であったなら、私は、生徒を戦場へ駆り立てるために私のあらゆる能力を注ぎ込んだのではないか、と、そう思います。戦場に駆り立てようとする教師と、温室で飼い慣らそうとする教師と。結局、同じ穴のムジナではないのか、と。「二度と戦場に子供を送らない」と言いながら、そのスローガンに隠れて私がやっていることと言えば、企業戦士たる私が、さらなる企業戦士を再生産しようとしているだけではないのか。言ってることとやってることが裏腹、噛み合わないまま、私は明日も、ふてくされる生徒相手に、統一規格の製品作りに邁進しているだけなのではないのか。

 生徒は、各々が感じている不満・矛盾を表現する手段と方法を訓練されずに今まで生きてきました。言葉として表現されないまま、彼等はそれらが正常に発達する道を失い、個性の可能性が制限されています。
 子どもの権利条約が保証している筈の、意見表明権等の、子どもの自然な成長に関する環境は、旧態依然としています。日本という国は、この条約に関して何の新たな法制化もしないようです。現場教師は、依り所となる筈のこの条約を右から左に聞き流したまま、袋小路にある学校の中で、右往左往しています。

 子どもが変わらなければ学校は変わりません。私達教師が、自由と責任と誇りとを回復できる道は、子どもがよみがえる道です。けれど私達教師は、子どもを変えることを恐れています。日本社会は、学校の現状について様々に批評しますが、その根っこにある日本的精神風土については何も手を付けられないままでいます。

 日本の教師は、「自分は一体何をしているのか」というアイデンティティーを見失い、行き場のない袋小路で忙しく立ち働き続けているようです。戦争へ教え子を駆り立てていった戦時中の教師と変わることなく、生徒を管理する一方で、自らも管理される側へと身を委ね、自由と責任を見失っているようなのです。

(連載終わり……文責N)


編集後記
★7月6日、神戸高塚高校事件から15年が経つ。★県教委も深く反省し、事件の1年後には「こころの通い合う学校運営について」という新通達を出した。★今、憲法や教基法改悪の悪意の嵐が吹き荒れ、あの頃私たちが議論してきた問題は、すべて飲み込まれつつある。★今、私たちの周りの空気はどんよりと淀み、「教え子を再び戦場に送る道」が蘇りつつあるのかもしれない。

2005県高支部ニュースNo.12より


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