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第50回兵庫県母親大会
〜アグネス・チャン『小さな命からの伝言』〜
2006/06/04 於:神戸文化会館大ホール
彼女は、6人の兄弟姉妹の4番目で、2番目から4番目まで3人姉妹で仲が良かったそうです。1番上の姉は容貌が優秀で、俳優になりました。2番目は頭が優秀で医者になりました。3番目の彼女は、姉たちに比較されて育って、劣等感を抱いていたそうです。
中学生になって、ボランティア活動が許されることになりました。彼女は、身体に重い障害のある子どもたちの施設に通うことを選びます。列車を乗り継いで、そのあと40分も歩いた谷間にある施設でした。足のない子どもや、手のない子ども、いろんな身体的障害のある子どもたちとの出逢いを、彼女は明るく語ります。でも、その出逢いが、その後の彼女の一生を決めるほどの重さを持っていたのでした。
ギターを弾きながら歌うことのできた彼女は、その特技を生かして、その子どもたちのために募金ライブを始めました。それが評判になり、14歳でスカウトされ、デビューしました。日本からも声がかかり、父の説得に難航して、結局17歳で日本デビュー(1972年)となりました。
日本に来てから33年になります。その間、アフリカやカンボジア・ベトナム・ネパールなどの国々を回って、チャリティーコンサートや現場取材をし続けて、1998年に日本ユニセフ協会大使に就任し、以来精力的に活動を続けています。以下、彼女の多岐に渡る感動的で、しかもユーモア溢れる報告の、ごく一部をお伝えします。
エイズで、平均寿命が60歳を越えていたのに、数年経って35歳くらいになってしまった国もある。骨と皮、という言葉があるが、激しく痩せると、皮が余って、お尻のあたりにユラユラ揺れている。おんぶされた子どもは、痩せた母親の肩で皮を握っている。その国に行ったとき、彼女の前に現れた子どもたちのそばには黒々としたハエの集団があった。ハエは、水分を求めて、砂漠化した国土の中で唯一生き延びている人間の目や鼻や口にたかっているのだ。彼女は、子どもたちと対面したとき、思わず後ずさりした、と言う。彼女は、自分でできること、つまり歌を歌った。すると、やせ衰えた子どもたちは嬉々として踊り出した。その時彼女は、思わずその子どもたちを抱きしめ、とても幸福に感じた。その思いは、彼女にはあと3回あった、と言う。つまり、彼女の3児の誕生のこと。
長男は、おっとり型。次男は、落ち着きのない子ども。ある日次男の学校から呼び出しがあった。夫婦揃って行くと、担任の先生から「……ができない、……が悪い、……を忘れる」という言葉がふりそそいだ。その時、夫が「先生、息子の良いところは何ですか?」と聞くと、先生は「え?」と応えた。だから、「家庭で、できるだけのことをします。学校で、少しでも息子の良いところを見つけたら、褒めてやって下さい」とお願いしたそうです。そのあと、息子さんは、紆余曲折はありながらも、いい学校生活を送っているようです。3番目は、まだ小学生です。40歳を越えて産んだ子供で、本当に可愛いようです。
講演の最後は、一つのたとえ話で締めくくりました。
「天国も地獄も、まったく同じなんだそうです。テーブルの上にごちそうが並んでいる。でも、それをとるのに、2メートルもあるような長いお箸を使わなければならない。地獄では、眼の前に並んでいるごちそうを食べられなくて、そのことをお箸や人のせいにする。天国では、その長いお箸を使って、一番おいしそうなごちそうを向かいの人たちに食べさせて、自分もそうやって食べさせてもらう。
今、私たちの世の中は、地獄に近いのでしょうか、それとも天国に近いのでしょうか。私たちは、少しでも天国に近づけるよう、頑張りたいと思います。」
講演の後、ちっちゃな女の子が花束を贈呈し、素晴らしい講演に花を添えました。
2006県高支部ニュースNo9より
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