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1995年1月17日〜2007年1月17日(神戸県立支部)

2007年01月23日


1995年1月17日〜2007年1月17日

 震災から12年がたちました。今年も神戸市内をはじめ各地であの日、あの時を想って追悼が行われました。激震地の労働組合として何を考えていくべきなのかを考え,今年は兵庫県高等学校教職員組合中央執行委員長でもあり,また兵庫労連議長でもある津川氏よりある追悼集会で述べた挨拶を特別寄稿として掲載させていただきます。


     2007.1.17

主催者を代表しての追悼のことば

復興県民会議代表 津川知久(兵庫労連議長)

あの日からまる12年がたち、なくなった6400名以上の方々の13回忌の日となりました。1月17日が近づくと、遺族の方そして私たちは後悔と無念の思いにさいなまれます。

 昨年1年間で復興住宅において、誰にも看取られること亡くなった方は66名。そのうち5名の方は一ヶ月以上もたってから発見されています。あるお年寄りは、震災から12年になる今、このように叫ばれています。
「震災でこまっている老人を助けてください。
 家なく、家賃高い。
 税金ばかり取って、生活も体もボロボロ。
 死を待つばかりです。
 助けて、少し楽な生活をしてみたい」
人と人のつながりを絶たれ、人間としての尊厳が無惨にも奪われる状況が今なお続き、いっそう深刻になっていることに対して、私たちは深く重い気分と同時に、止めることのできない激しい憤りを覚えるものです。

昨年も、大雪や大雨そして台風さらには竜巻と全国各地で災害が相次ぎました。私たちは県下のそして全国のみなさんとしっかり手を携え、被災者の生活再建・営業再建に対する公的支援の抜本改善めざし取り組みを続けてきました。12年間の取り組みによって1998年には「災害被災者生活再建支援法」を成立させ、たいへん不十分な内容でしたが、初めて公的支援を直接被災者に支給させることができました。2003年にはそれを一定改善させました。さらに来年2008年には再改定をさせるべく、いっそう努力をしていく決意をあらたにしています。

しかしここにきて、被災者にとって許し難い事態が政府によって引き起こされています。その一つは、国民の安全・安心を確保するのが国の責務であるのに、政府はこれを放棄し“自己責任”の名によって、国民に転嫁しようとする動きです。さらにもう一つは防災の名において、政府はすべての自治体に「国民保護計画」を策定させ、その実、戦争に国民を動員するための体制づくりをおし進めていることです。私たちは断じて、このようなことを許しません。

諏訪山の追悼集会にてル 12年前のあの日、避難所において新しい命がうまれました。被災者はその子によって笑顔を取り戻し、希望を見いだしました。いまその子は小学6年生です。その子の瞳がきらきら輝く毎日を送ってほしいと強く願います。
 誰もが、平和で健康で文化的な生活をおくることができる、そんな社会をめざすこと、人間連帯をいっそう拡げ強めていくことを、あの日、心ならずも生命を奪われたみなさまにお誓い申し上げ、追悼のことばとします。

2006県高支部ニュースNo33より


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