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中国残留孤児裁判と日本の戦争責任

2007年02月13日


中国残留孤児裁判と
日本の戦争責任

講演:阪田健夫弁護士(原告代理人)
於:厚生会館(「2.11建国記念の日」不承認兵庫県民集会)

 この裁判は「日本人として、日本の地で、人間らしく生きる権利」を求めて起こされた。2006年12月1日、神戸地裁で、原告勝訴の判決が出て、被告である国は控訴した。全国で係争中の15の同じ裁判のうち、2番目の判決で、初めての勝訴である(1番目は大阪地裁で、原告敗訴)。画期的・歴史的判決だと言われた。
 しかし、その2ヶ月後の2007年1月30日には、3番目の判決で東京地裁で原告敗訴になっている。残り12の裁判について、大阪と東京の敗訴は重いが、神戸地裁の勝訴は希望である。

 神戸地裁判決Aと、東京地裁判決Bとの違いを比較してみる。

A.神戸地裁判決で画期的なことは、ふたつある。

1.ひとつは、「戦争損害論」を排したこと。
 例えばシベリア抑留者について、戦争によって受けた損害は、国民全てが受けた損害であって、だから国が保障すべきことではないし、憲法は、それを予定していない、というものである。これが最高裁で出て、一人歩きしていた感があったが、神戸地裁では、これを排した。戦前ではなく、戦後のことについて国の怠慢が糾弾された。

2.もうひとつは、国による自立支援が法的義務であることを認めたこと。
 判決では、北朝鮮の拉致被害者への支援よりも劣るものである理由はない、と述べられている。

 それに対して、2ヶ月後の東京地裁では、同じ裁判に対して、180度、全く違う判決となった。一言で言うと、「国の義務は認められない」という判決で、棄却となった。
 法曹関係者は「最低最悪の判決」と言い、マスコミは「冷酷な判決」と書いた。

B.東京地裁での論点は3つある。

1.まず「統治行為論」というものから始まる。
 これは、「高度の政治的判断は、司法になじまない」ということで、安保闘争などで基地の違憲論争から裁判所が判断を避ける際に用いられた手法である。

2.次に、「国家無答責論」というものが続く。
 「満州国の建国が、原告が孤児となった原因とは言い難い」として、国家に責任を問うことはできない、というものだ。

3.では、戦後の自立支援についてはどうなのか、というと、
「日本語を忘れて中国語を母国語とし、中国文化を内面化している」ので、「日本人として生きる」ということに対する損害は、「既に発生しており、それを回避することはできない」として、国の義務を問えない、とした。

 これらの違いは、裁判官の人権観、世界観、法に対する対応の違いでもある。
 つまり、神戸は「条理」を立てたが、東京は「(屁)理屈」を立てた形になっている。

 この東京判決の後、話題の柳沢厚労相は2回、原告団と面会し、2回目には謝罪の言葉が出たらしい(「謝りなれているからなぁ」と会場からの失言あり)。安倍首相も1回面会し、「祖国は暖かい、と思える施策を行わなければならない、と思った」と述べている。

 講演の最後に、残留孤児原告団の一人が、たどたどしい日本語で、「いつ本当に残留孤児に対するいい政策を作るのか……、私たちも頑張りたい。孤児たちも老人が多い。早く解決してほしい」と訴えた。


 以上、講演のメモをまとめたもので、文責は講演者にはありません。

2006県高支部ニュースNo36より


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